1月25日に読む本は、神聖ローマ帝国(菊池良生)

時は11世紀後半。ハインリッヒ4世は、司教(教会の役職)を任命して、自分の力を示そうとした。しかし司教を任命する権利(叙任権)は、教会にある。このため、ローマ教皇グレゴリウス7世は、ハインリッヒ4世に、勝手に任命しないよう、警告した。しかし、ハインリッヒ4世は受け入れなかった。そしてグレゴリウス7世はハインリッヒ4世を破門する。

破門されたハインリッヒ4世は、謝罪のためカノッサ城を訪れる。雪のなか、裸足で三日間、立ち続けていたという。

教皇は、ハインリッヒ4世の破門を解いた。

1077年1月25日は

ハインリッヒ4世が、グレゴリウス7世に謝罪するため、カノッサ城を訪れた日

中世のヨーロッパの歴史を解説した本を紹介します。

第3章が「カノッサの屈辱」。

ハインリッヒ3世が、教会を支配するべく活動していたが、39歳という若さで亡くなる。当時ハインリッヒ4世はまだ6歳だった。大きくなったハインリッヒ4世は、 ハインリッヒ3世と同じく、教会を支配しようとする。

グレゴリウス7世は、この行動に対して、ハインリッヒ4世を破門する。そしてハインリッヒ4世が謝罪に訪れる。

破門は解かれるも、その後も権力争いは続く。

1122年、ハインリッヒ5世とカリクストゥス2世との間でヴォルムス協約が結ばれ、教皇の勝利で幕を下ろした。

権力争いが、とても生々しいな、と思います。

高校の教科書「世界史A 第一学習社(平成30年2月10日発行)」には、カノッサの屈辱は載っていなかったけど、この本のように物語として書かれていると、イメージがつかみやすくて良いですね。

世界史Aの教科書には載らないようですが、印象が強い出来事なのか、ネタ・パロディで取り上げられることは多いようですね。Wikipediaを見たら、「強制されて屈服、謝罪すること」の慣用句としても用いられるらしいです。

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