『希わくばの詩』著者:田中希実の次に読む本は

あらすじ

現役の中長距離走選手である田中希実さんが競技大会前後などの心境を綴った詩を集め、その詩を書いた時の状況などをエッセイ風に解説する一冊。
競技中の写真や、国際大会遠征時の世界各国での練習風景や観光風景なども豊富に載せられている。
豊かな語彙から悩み怒りを爆発させる詩も多く、弛まぬ努力を続けていても、すべてが満足のいく結果に結びつかないもどかしさや焦りが痛々しいまでに伝わってくる。
学生の部活動としてのスポーツではない、世界レヴェルの0.1秒を争う競技に向きあう若者のギリギリの心理状態を「詩」という形に表した、抜き身の日本刀の美しさを感じるような重厚感と透明感に満ちた一作。

まえがきを読み終え、さあ本編を…と読み始めると、田中選手とお父さんの衝突と罵詈雑言のケンカについて語られる。
なかなかスタートから激しい本だなと感じさせるが、この後も田中選手の躍動感に満ちた言葉が本の中を暴れ回った。
彼女自身、読書が好きだと公言されている通り、読書家ならではの多彩な表現を駆使して競技大会前後の心境を吐露する。
しかし「苦しくても負けません!一生懸命がんばります!これからも応援よろしくお願いします!」というような、当たり障りのない、ありきたりなアスリート自伝とはまったく異なる。
一つの詩の中に限りない人間愛と共に、静かな憎悪や殺意までもが同居している。
自分への理解を求めているようであっても、安易な理解者気取りで近づいてくる者を完全に嫌悪し拒絶する。
20代なかばという若さゆえに、溢れ出てくるエネルギーの勢いをコントロールできずに持て余しているように感じる所もあるが、中長距離走の現役アスリートとして、どの道が自分最高のパフォーマンスを発揮できるかの模索をすべて言語化しようとしている本である。
聖人君子然とした理想的スポーツマン像で競技の好成績が出せるなら、彼女はその姿に変わろうとするだろう。
それと同じように周りから忌み嫌われても、自分が望んだ物が手に入るならば、その姿への変化にも躊躇はないだろうと思わせる。
本作を読んでいると、彼女は間違いなく全力を尽して努力するアスリートだと確信させる。しかし同時に、結果が伴わなければ自分を責めることにも全身全霊を注いでしまう諸刃の剣のような危うさも存在する。
田中希実選手がこれからも充実と苦悩のキャリアを積み重ね、また新たな視界からの境地に至った時、どんな詩を綴るのか。この『希わくばの詩』を出版したこの頃の自分をどう振り返るのか。
その時を静かに、しかし楽しみに待ちたいと思わせる一冊だ。

次に読む本

『アフリカから来たランナーたち』著者:泉秀一

箱根駅伝などのレースにおいて、その強さゆえに日本人選手の敵役的存在…さらに言うならば、参加することすら疑問を抱かれるケニアの留学生ランナーについて、著者のバイタリティを感じさせる取材により、多彩な角度からいきいきとした楽しい文体で語られる。
駅伝という日本独特のレースにより、何区間も日本トップレヴェルの選手を置けない学校が招聘し始め、その後非常に重要視されることになる留学生ランナー。
その賛否は分かれ、簡単に結論は出ないが、ケニアという長距離走トレーニングに向いた土地で好機到来を待つ、若き有力ランナーたち。
現在のケニアが置かれた社会状況のルポタージュとしても参考になる一冊。

「テレビ離れが進んでいる」と言われながらも、お正月に30%近い視聴率を叩き出す箱根駅伝。
日本人の有力選手には、出身校や過去の大会実績、家族構成などの詳しいパーソナルデータがあるが、留学生ランナーたちは最低限度の情報と走りの結果しか伝えられない。
そんな留学生ランナーたちに興味を抱いた著者が、ケニアにある選手たちの実家まで取材に赴き、日本に来る前やその後などの経歴を明らかにする。
他にも、いつからケニアを中心とした留学生ランナーが来日するようになったのか。
留学生ランナーたちの活躍によって結果を出したものの、その後学校に寄せられた抗議や脅迫まがいのクレームについて。
しかし、今現在も自分の人生を変えるチャンスを目標に、トレーニングを続けて走力に磨きをかけているケニアのランナーたちなどの深い考察が続く。
決して「こんなに純粋に努力している留学生ランナーだから、ヘイトは向けないでね」という結論に至るわけではない。
学校教育の一環として存在している日本学生スポーツの中で、ビジネスとしてやって来た留学生ランナーが勝利する姿へのわだかまりは、これからも消えるものではないだろう。
ただ、走る才に恵まれた留学生選手も必死に大学の勉強に遅れまいと日本語を学び、チームメイトとの絆を築いて、厳しい努力を続けた末に掴んだ栄光であるという当然の事実に気づかされる。
そして、日本人選手が敗北する光景にさまざまな想いはあれども、彼ら留学生が参加するようになってからトレーニング法や研究が進み、日本陸上界が良い結果を出すようになったという事実も忘れてはならないだろう。
著者の真面目さも行間からにじみ出ていて、日本での仕事と違い、アバウトな感性の人々が多いケニアでの取材の大変さも微笑ましい。
おそらく、これからも激しさを増す日本人学生ランナーと留学生ランナーの勝負。
本書を読み、どちらの勝利にも、その強さと健闘を素直に称えられるように思う。

おススメポイント

長距離走というものには文学的な香りが漂う。
目視できないゴール地点に向かい、自分のペースを守り続け、家族・友人・コーチ・チームメイト・チームスタッフ…さまざまな人々への想いをも力に変えて、肉体と精神の限界まで脚を前に出し続ける。
田中希実選手の『希わくばの詩』には、そんな命を削りながら走るようなランナーの求道者的探求が熱を持って伝わってくる。
それに対し『アフリカから来たランナーたち』に登場するケニアを中心としたランナーたちは厳しいトレーニングを積み、走りで勝つことに人生を懸けつつも、なにか底抜けに陽気だ。
もちろん、どちらの姿が善で反対は悪、という二元的なものではない。
ただ、このくっきりとしたコントラストが非常に興味深い。
【長い距離を他人より速く走ること】。
そのシンプルかつ終着点が見えないほど奥深い競技に懸ける(あるいは魅入られてしまった)アスリートたちの多種多様な心模様を味わっていただきたい。




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