あらすじ
東京での就職活動中に皇居のお濠に転落した源紫乃が、目を覚ました先は平安時代。しかも単なるタイムトラベルではなく「源氏物語」の世界に生きる若紫に転生してしまっていた。「源氏物語」の筋書き通り、若紫の体と紫乃の心として生きる彼女は、光源氏に大切に育てられながら暮らす。しかしいつしか、光源氏と関係を持つ女君たちの突然死が気になり始め、物語上は物怪の仕業として片付けられていた死因に不信感を抱き始める。彼女は光源氏とともに事件の真相に迫る。
ライトノベルらしい読みやすさで、映像ドラマを気軽に楽しむようにして読み進められる。若紫(のちの紫の上)に転生した主人公と共に読み進めるうちに、読者も源氏物語の中に生きているかのような楽しみが味わえる。
源氏物語の本文では触れられなかった行間に、女君たちの死因を仮定する原因を盛り込んでいく様子は、原作を守りながらも、もしもの空想を掻き立てるもので面白い。
よく考えてみれば現代ならば源氏物語はイケメン主人公光源氏とその助手若紫の人気ミステリー小説シリーズになっていたかもしれないと思わせる。
テレビドラマの影響で源氏物語関連の書籍が書店にも多くみられるが、移動時間や寝る前のちょっとした時間にサッと読めて軽い気持ちで味わえるものがほしい時にぴったりの一冊。
事件を追うミステリー要素もありながら、華やかな平安時代の暮らしの香りもする内容で、ホッと息抜きをしたい時にもオススメ。
次に読む本
『十二単を着た悪魔 源氏物語異聞』著者内館 牧子
59社受けた就職活動に全て不採用となりフリーランスの派遣として働くことになった伊藤雷。源氏物語をテーマとしたイベントの設営の派遣仕事からの帰り、家に向かう途中で見知らぬ路地に入り込み、突如雷に打たれたようになり気を失う。目が覚めるとそこは平安時代で、周囲の人々の会話をよく観察すればなんと「源氏物語」に登場する人物ばかり。咄嗟に外国帰りの陰陽師伊藤雷鳴と名乗った雷は、イベントで貰っていた「源氏物語」のあらすじ本を虎の巻に、弘徽殿女御のお抱え陰陽師として「源氏物語」の中での人生を渡り歩くことになる。最初の頃は、あらすじ本により未来に起こる事件の結末を知る雷鳴は、占いの結果として次々に未来を言い当て、女君たちの病に対処し、ことの顛末を眺めていたが、次第に物語の文章では描かれていなかった登場人物たちの裏の気持ちや深い悩みを知り、心を揺り動かされていく。
源氏物語を元にした小説や漫画などは数々あれど、私はこの内館さんが描く『十二単を着た悪魔』が最も素晴らしく深みがあり何度も読み返したい作品だと思っている。
今回も約10年ぶりの再読だったが、改めて全く色褪せない面白さと深い物語展開にすっかり夢中になった。
原作では登場回数も少なく性格もキツイ女として描かれていた弘徽殿女御に焦点を当て、彼女の存在感を際立たせることで、女君たちの個性を全く違う視点から描きなおす手法は鮮やかだ。また主人公の雷が千年後の日本の変わり様を嘆く様子は、言葉や文化を蔑ろにし手軽な消費に陥落した現代人である私たちに、今一度大切なものを忘れすぎないようにする必要があるのではと思わせる。
これを読めば、読者の中で「源氏物語」のお気に入り登場人物ランキングがガラリと変わるだろう。
おススメポイント
2冊とも源氏物語の世界の中に、現代人が転生もしくはタイムトラベルしてしまうというもの。単なる平安時代へのタイムトラベルではなく、小説の中の世界で生きる主人公たちは物語の未来をすでに知っている。
その中で謎の不審死を追ったり、物語上の描かれ方ではなんとも浮かばれない登場人物たちの気持ちに寄り添ったりしながら、物語の世界の中で暮らしてく2冊は、全く違った視点から同じような設定を見ており、小説としての表現の違いが面白い。源氏物語の筋がきはなんとなく知っているけれど、今更源氏物語の現代語訳を1から読むのも重すぎるなと感じている人は、小説として楽しんでみると、著者の作り出した世界観を味わいながら原作の魅力も再発見することになるだろう。
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