あらすじ
1本1万円のネギが売れている。
そう聞くと、思わず話を聞きたくなる人は多いのではないだろうか。その嘘のような本当の話を実現させたのが、本書の著者である清水 寅 氏。金融系の会社に就職したのち20代で7社の社長を歴任し、その後就農に至るという異色の経歴の持ち主だ。
本書では、農業の素人だった清水氏が農業の世界に入るまでの経緯から、農業で生き残るための具体的なノウハウまで克明に綴られている。
何故、農業で何故ネギなのか。農業の素人が見た現状の日本農業の課題。ネギ農家として生計を立てる過程、そして挫折まですべてが赤裸々に語られている。
本書はネギで日本一を目指す、著者のど根性農業奮闘記である。
1本1万円のネギと聞くと、農業は儲かるのか想像する方も多いとは思うが、現実は逆である。
著者も、農業の薄利多売のビジネスモデルに当初愕然とする。利益を捻出し、生き残るためには作物の販売単価を上げるしかない。そのためにどのような努力をしてきたのか、がこの本の骨子にあるのだがこれが凄まじい。
ビジネスモデルやマーケティングといった付加価値を上げるのはもちろんのこと、作業効率の良いフォームまで徹底的に考察し無駄を省いている。発芽率の向上のために赤玉土の粒度を変え実験をするほどである。
そのような涙ぐましい努力の結晶こそが、1本1万円のネギであることは疑いようがない。素晴らしい熱量だと感服した。
このように、著者の本気度が100%伝わってくる内容だが、一方で疑問を感じる点も少なくない。
まず、先ほど努力の凄まじさについて触れたが、その熱意についていける人がどれくらいいるのかは疑問である。事実、本書の中でも著者の熱量に作業員がついて来れず、方針転換を余儀なくされたエピソードが綴られている。著者一人のマネジメント能力には限界があるのではないか。
また、近年は農業×テクノロジー、所謂IoTの重要性が盛んに喧伝されているが、それについての言及が本書では一切ない。著者は本書で現状の農業の課題点について指摘をしているが、課題の克服を熱量や工夫だけでカバーする方法は必ず限界点が来る。テクノロジーを使った新しい生産性向上の取組が必要なのではないか。
そういう意味で、本書は既存の農業への疑問提起的な側面を持つ一方で、農業にイノベーションを起こすことの難しさを感じさせる内容となっている。
次に読む本
日本発「ロボットAI農業」の凄い未来 2020年に激変する国土・GDP・生活 窪田 新之助
21世紀の農業はAIやIoT、ロボットを活用したハイテク産業になる可能性がある。
本書ではテクノロジーが農業をどう変える力を持っているのか。そしてなぜ、日本では農業が復活を遂げる可能性があるのかを解いている。
本書はただテクノロジーについて説明するだけでなく、事例集も交えている点が特徴的である。
また、日本をとりまく食文化の変化、今後の日本の農産業の成長ストーリーまで描いている。
なぜネギ1本が1万円で売れるのか?とはまったく違うアプローチで農業の将来を描いた本。
このように、対比的な本を読むことで農業への理解・知見は深まっていくように思う。
農業分野でもテクノロジーの発展はすさまじく、大企業・ベンチャー問わず様々なステークホルダーが関わっていることがこの本から読み解ける。それだけ、成長産業として期待されているということだろう。
本書の発売日は2017/02/21。サブタイトルにあるように、2020年の未来予測という体で書かれてある。
この本に書かれているような激変が農業界でどれだけ起こったのか疑問ではあるが、ではなぜその変動が起きなかったのか。どうすればボトルネックを解消できるのかを考える足がかりにはなるだろう。
寄稿記事はなぜネギ1本が1万円で売れるのか? へのアンチテーゼではない。
日本の農業を元気にしたいという気持ちはどちらの書からも感じる。ただアプローチが違うだけである。複数の視点を取り入れることで、読み手の農業への理解はより深まると思う。
テクノロジーはしょせん道具である。使い手の心がけ次第で良いものにも悪いものにもなる。
AIが人の仕事を奪うという言説もあるようだが、食わず嫌いは良くない。少なくとも、現代のテクノロジーへの理解がなければ本当に時代に取り残されてしまうだろう。
トラクターが世に出回ったころに、鍬の方が良いとこだわった農家は淘汰されたはずである。テクノロジーが世のルールを塗り替えている今、農業の課題を根本から再定義する時が来ているのではないだろうか。
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