あらすじ
出版社・文林館で働く明日花は、花形の女性誌編集から、地味な「学年誌創刊百年記念の企画展」の広報担当に異動させられてしまう。私生活も、祖母の死期が近いこと、母親との関係がうまくいっていないことなど、なかなか上手く回らない。
そんなとき、明日花は祖母・スエが戦時中に文林館で働いていたこと知る。なぜ祖母はそれを秘密にしていたのだろうか?
その謎を追うことは、戦中・戦後の出版社の負の歴史を辿ることにも繋がっていた。
文林館のモデルは、言わずとしれた大出版社・小学館です。そして『百年の子』は小学館から刊行されています。出版社の抱える負の歴史を真正面から見据えた小説が、当の出版社が刊行する心意気に、まずは拍手したいと思います。
では、負の歴史とはなんなのか。それは戦争協力の歴史に他なりません。
戦時下の日本では、言論統制や世間の空気のために、メディアは政府の言いなりになるしかなかった。
もちろん、それで責任逃れができるわけではありません。よく言われることですが、「メディアが戦争を煽った」面があるのもまた間違いのない事実なのです。
今作の舞台である学年誌(現在も続く『小学○年生』の系譜)も例外ではありません。学年誌は子どもたちを戦争に駆り立てた。戦時下の武勇談、植民地・占領地を舞台にした異国ロマンを盛んに掲載した。愛国心と排外主義を教え込み、本来は守るべき存在であるはずの子どもを国のために尽くす「少国民」に作り替えた。その罪は、大人相手のプロパガンダに終止した新聞よりも重いのかもしれません。
若き日の祖母・スエの目を通して描かれる戦時下日本は、しかし決して暗いばかりのものではありません。むしろ明るい。当時の子どもたち、そして女たちの生活が生き生きと描き出されています。特に女たちの――男が戦場に出ていったため社会に進出した女たちの悲喜こもごもは、この小説のもう一方の柱と言ってもよいでしょう。ひょんなことから出会った円との友情は、とても爽やかです。
ただ、コロナ禍の世相のように、薄ぼんやりとした不気味な気配はある。
その薄ぼんやりした不気味な気配が表面化して一気に爆発する東京大空襲の場面は実に圧巻で、ここは是非とも読んで欲しいところですね。
戦争から遠く離れ、しかしその影だけは色濃い戦後篇も、学年誌と漫画・児童文学の関係を描いていて面白いです。
全体を通して言えることは、子どもと女性の存在の重要性です。
女性や子どもに関わる事柄は、日本では長らく「オンナコドモ」の問題として軽く扱われてきたわけですが、そうした話題を通した出版史と言えるかもしれません。
次に読む本
事典太平洋戦争と子どもたち(浅井春夫 ・川満彰・平井美津子・本庄 豊・水野喜代志)
いわゆる「読む事典」。戦時・戦後の子どもたちに焦点を当てた、47のQ&Aからなる。
同一の編者たちからなる『戦争孤児たちの戦後史(全三巻)』の続編にあたるもの。
歴史専門の学術出版社である吉川弘文館からの刊行ということで、信用のおける内容です。
とはいえ小難しい本ではなく、専門色の強かった『戦争孤児たちの〜』とは違い、初学者のための入門書的な立ち位置ですね。
UNICEFイノチェンティ研究所の研究報告書「先進国における子どもの幸せ」(2007)の表紙には
”国の状態を示す本物の目安とは、その国が子どもたちに対してどれほどの関心を払っているかである“
と記されている、と本書に書かれているのですが、戦中・戦後の日本がいかに子どもに関心を払ってこなかったかが47のQ&Aから浮かび上がります。
特に戦中は酷かった。関心を払わないどころか、子どもたちがすすんで命を投げ出すよう教育をしていた。その一端は、『百年の子』で描かれた学年誌が担ってきたわけです。
『百年の子』に関連する問としては、
「問6 マスメディアは太平洋戦争にどのようにかかわりましたか」
「問7 子どもたちはどのようにして戦争体制に組み込まれましたか」
「問14 子ども文化政策はどのように展開されましたか」
「問21 軍国少年はどのような家族のなかで育まれましたか」
「問22 軍国少女はどのように育成されましたか」
あたりになるでしょうか。
特に「問14」とそれに続くコラム「冒険ダン吉」「のらくろ」では、内務省「児童読物改善ニ関スル指示要項」との関連から、子どもの読物がいかに子どもたちを戦争に導いていったのかが語られており興味深く、『百年の子』の理解を深めるうえでも役立つことでしょう。
おススメポイント
せっかく『百年の子』で戦時下の学年誌について知ったのだから、さらに当時の子どもの暮らしについて詳しくなってみましょう。そうして『事典太平洋戦争と子どもたち』を片手にもう一度『百年の子』を読んでみると、読み飛ばしてしまっていた部分も、より深く読めるようになっているかもしれません。
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