あらすじ
幼少期に交通事故で両親を亡くした茜。
祖母の友人の紹介でボランティアに参加し、全身麻痺の障害を負った咲子と出会う。
交通事故で大事なものを失くした2人はすぐに打ち解け、交流を重ねていく。
その頃、茜は夜寝ている間に、記憶のないまま外に出歩いていると知る。
どうやら夜の間に、咲子が自分の体を使っているらしいと知り……。
第1部が「昼のはなし」で、第2部が「夜のはなし」という2部構成になっている。
明るくまっすぐな茜視点で書かれた1部とは反転して、2部では人の暗部が描かれる。
この2部構成は人間の二面性を描くという構成である。
ネタバレになってしまうため、あまり多くは語れないが、2部を読み終えた後、事件の全てのあらましが見えてくる。
二重三重に張られた伏線は読み応えがあり、すべてが運命の糸で繋がっていたことに驚愕する。
本書を読んで、生活ががらりと変わると、以前の自分を見失うことがあることに共感した。
咲子は事故の衝撃という理由もあるが、事故以前の自分がどういった人物だったのかあまり思い出せなくなっている。
私自身も進学やコロナ禍での生活転換を経験し、それ以前の自己連続性を失いつつあることに気づいた。
小学生の頃、中学生の頃と確かに自分の中に記憶はあるのに、その時の当事者意識が次第に薄れていくのを感じる。
それらの経験の蓄積として、現在の自分があることを改めて見つめ直し、「私」について考えるきっかけになった。
次に読む本
『線は僕を描く』砥上裕將
両親を交通事故で失くした大学生の青山霜介は、喪失感と虚無感に満ちた日々を送っている。
水墨画の巨匠・篠田湖山と出会ったことで、内弟子になり、流れのまま水墨画の道を歩き始める。
素人ながらも水墨画の美しさと奥深さに魅了されていく霜介。
水墨画を描くことを通して、自身の悲しみと向き合っていく。
一方、湖山の孫・千瑛と「湖山賞」をかけて勝負することになり……。
白黒の濃淡だけで、森羅万象を描くという水墨画の美しさに魅せられる本だった。
墨で描くため、描き直しもやり直しもきかない水墨画の技術の深さに感嘆する。
本書は水墨画家でもある著者の経験を生かして、筆使いが精緻に表現されており、読み進めると水墨画が心に浮かんでくる。
本書では、書いた線がその人の性格や人生をも表しているという。
私は残念ながら水墨画を描いた経験はない。
筆を持つことも少なく、ペンで字や絵などを描く程度である。
いつも何気なく適当にひいている線でさえも、私自身の現れであると意識し、残心の心と共に丁寧にペンを持とうと思った。
湖山先生の人を見る観察眼は素晴らしく、人の悲しみに寄り添おうとする優しさに胸が温かくなった。
おススメポイント
今回取り上げた2冊の主人公は交通事故で両親を失くすという、突然の喪失を経験している。
どちらの主人公も喪失感を抱えたまま、孤独な日々を暮らしていた。
運命とも呼べるような偶然の出会いをきっかけとして、心の傷を癒やし、前へと歩み出す過程が描かれている。
自分の生活すべてを変えてしまうような悲劇を、誰しも経験する可能性がある。
喪失感の中で1人で立ち上がることは、とてもエネルギーがいることであり、簡単にできることではないだろう。
縁のある誰かと出会うことで、主人公が救われていくという2冊は、落ち込みや悲しみから立ち上がるためのヒントを教えてくれる。
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