「ザリガニの鳴くところ」ディーリア オーエンズの次に読む本

あらすじ

 1969年、ノースカロライナのある村で、チェイス・アンドルースの死体が湿地で見つかるところから物語は始まる。
少し時間を戻して1952年8月の朝、湿地の小屋に住む6歳の少女カイアは、よそ行きの靴を履き、青い旅行鞄を手にした母さんが出ていくのを目にする。母親はそれから帰ってこなかった。やがて、年長の兄姉たちから小屋を出て行ってしまい、末っ子のカイアは、あまり帰ってこず、帰ってきたときはお酒を飲み怒鳴り散らす父さんと2人きりとなった。カイアは父さんがたまにくれる小金をやりくりしながらどうにか生き延びていく。湿地に住む鳥たちだけが友達だ。
 カイアが10歳になった頃、父さんも帰ってこなくなり、カイアは一人になってしまう。父さんのボートで、湿地から繋がる海に出て
ムール貝を取り、どうにか現金収入を得る。
 14歳になった頃、一番年の近い兄ジョディの友達だったテイトと出会い、読み書きを教えてもらうようになり、カイアの世界は広がっていく。1969年のチェイス・アンドルース殺人の犯人探しパートと、1952年からの、カイアのたくましい生きざまを描くパートが交互に展開され、徐々に二つは絡み合っていく。

さくら猫

 初めはカイアに同情しながら読み進めていましたが、すぐに、カイアが孤独、過酷な環境にめげず、自分の人生を切り開いていく姿に尊敬すら覚えるようになりました。

 まだ差別が色濃く残る時代の南部アメリカで、カイアは白人ですが、貧乏で流れ者しか住んでいない湿地に住んでいるため、湿地の少女と呼ばれ、差別にあいます。カイアを助けてくれる燃料店のジャンピン(カイアが取ってくるムール貝を買い取りカイアに現金収入をもたらす)も、黒人であるため差別にあっています。カイアはほんの少しの助けてくれる人とわずかにつながりながら、基本的には一人で湿地の動物たちとともに力強く成長して行きます。補導員に連れられて、学校へは一度だけ行ったこともあるけれど(給食目当てと読み書きをしてみたいという好奇心から)、他の子にからかわれ、笑いものになったため、1日で行くのを辞めてしまいます。14歳でテイトと出会い、読み書きを教えてもらうようになると、本を読むことを覚え、一気に世界は広がります。

 カイアは、悲惨な境遇ですが、誇り(プライド)と、好奇心を持ち、力強く成長していきます。普通の人であれば、他人にへつらう事を覚え、笑いものになるのを甘んじて受け入れて、学校で食べ物をもらう代わりに誇りを失うのでしょう。それが間違いとは思えません。しかし、カイアは、運や数少ない支援者のおかげもありますが、元々の頭の良さや、6歳になるまでに母が教えてくれた知恵や誇りを武器に、かしこく美しい少女に成長していくのです。チェイス・アンドルースは、かしこく美しい少女へ成長したカイアにちょっかいをかけます。そのことが、カイアをチェイス・アンドルース殺人の容疑者へと向かわせてしまうのです。

 カイアの容疑は晴れるのか?カイアは今後どのように人生を渡っていくのか?ページをめくる手が止まらなくなる物語でした。

次に読む本

「パチンコ」ミン・ジン・リー

 キム・ソンジャは、日本に併合されていた朝鮮の影島(ヨンド)で下宿屋を営む家の娘として生まれた。口唇裂と内反足というハンデをもっているが働き者の父フニと、同じく働き者の母ヤンジンに、大切に育てられ愛情を注がれたが、ソンジャが13歳の冬に父フニが亡くなった。ヤンジンはフニの死んだ翌日から下宿屋を切り盛りし始め、やがてソンジャも働き手に加わった。
 健康的ではつらつとした働き者のソンジャは、男性を惹きつける魅力的な女性に成長し、済州島出身で大阪に住む大金持ちの仲買人コ・ハンスと出会う。一方、下宿屋には、大阪にいる兄のもとに行くため、敬虔な神父であるパク・イサクが泊まっているが、結核に倒れ、ヤンジンとソンジャが看病していた。
 ある日、ソンジャは、市場で日本人の男子高校生3人に目を付けられレイプされそうになったところを、ハンスに助けられる。ソンジャはハンスに恋をし、やがてハンスの子を身ごもるが、ハンスは大阪に日本人の妻子がいた。イサクは、その子の父になろうと手を差し伸べ、ソンジャとイサクは大阪に渡る。ソンジャを中心に、ソンジャの父母、イサクの兄、ソンジャの子供たち、そして孫たちの生きざまを描き切った大作です。

さくら猫

 在日朝鮮人の話、そして題名が「パチンコ」ということで、日本人である私には心の痛くなる話ではないかと身構えて読みましたが、作者は、差別や偏見を主題にしたかったわけではなく、家族愛や、したたかに生き抜いていく強さを描きたかったのではないかと感じました。

 人種が変わっても人間は基本的に同じで、生き抜いていける人もいれば、挫折してダメになってしまう人もいて、上手く儲ける人もいれば、貧しさに苦しむ人もいます。また、異国で生きていくという結束がそうさせるのか、家族間の結びつきは、少し息苦しく思えるほど強く、愛も大きいと感じました。

 ソンジャの家族の中にも様々な人がいて、上手くいく人もいれば、上手くいかない人もいますが、基本的に、善良で正しく生きていこうとする力の大きい人たちなので、読んでいて応援する気持ちが強くなります。映画ゴッドファーザーシリーズのようなソンジャ家族の一大叙事詩のように感じました。ソンジャの父フニが27歳の1910年から、胸の痛くなる戦争を経て、バブル崩壊直前の1989年まで、ソンジャとその家族たちがどう生き切ったのか、胸の熱くなる大作です。

さくら猫

 どちらの本も、差別などの逆境の中、主人公(パチンコは主人公がひとりではなく家族たち)がたくましく生き抜いていく姿が描かれ、勇気づけられます。ただ、どちらの本も差別を主題に置いておらず、主人公の成長、生き様を描きたかったのではないかと思います。

 主人公たちは、たくましく、誇り高く生きていて、襲い掛かってくる桁外れな困難にも負けず、前向きに進んでいきます。ただ、主人公たちが「超人」というわけではなく、身体能力や頭脳(ザリガニの鳴くところのカイアは目を見張るものがありますが、超人というまでではないと思います。)も普通の人間です。心の強さや前向きさで人生を切り開いていっているのだと思います。

 どちらの本も、主人公と一緒に困難を乗り越え、喜びを共にできるという「物語」の醍醐味を味わうことのできる傑作だと思います。もちろん悲しい出来事も描かれていますが、読後感は決して悪くなく、主人公も落ち込んだままではいません。私は、どちらの本も2021年に読みましたが、今(5月)時点で、どちらも2021年に読んだ本のトップ3にはいっています。

この記事を書いた人

さくら猫

本好きの不動産屋事務員です。
特にミステリーが好きです。本の中では、謎が全て解けスッキリという快感を味わいたいからだと思います。
動物が絡んでくるとますます好物です。

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