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敗戦真相記 永野 護の次に読む本

あらすじ

著者は、1890年生まれの実業家、政治家。広島県出身。 東京大学卒。あの渋沢栄一の秘書となる。数々の会社役員を務めた後、戦中戦後に衆議院議員を二期務める。 1956年に広島選挙区から参議院議員になり、第二次岸内閣で運輸大臣を務める。

この本は、著者が昭和20年9月に、広島で行われた講演速記を基礎に書かれたものである。 戦争はどのようにして起こったのから始まり、どのようにして敗れたのかを解説してある。 技術開発を軽視した日本と、レーダーを開発した米英。戦後米国に、横浜と厚木間に油送パイプを敷設せよと指示されたが日本は3年かかると回答したことにあきれた米国は27時間でやってしまった等事例を挙げて、日米の違いを説いている。 後半は、ポツダム宣言の内容をドイツとの扱いの違いや、米英中ソ、4か国の行方を解説し日本の将来を予測している。

とおる

この本を読めば、なるほど、だから日本は戦争に徹底的に負け、国土が焦土化したのだなとわかる。 幕末、黒船がやってきて欧米列強の植民地化に怯え、富国強兵し、薄氷を踏む思いで日清日露戦争をいなしてきた。あえて勝ったとは言わないでおこう。 第一次世界大戦で戦勝国側になり、晴れて一等国の仲間入りしたのだが、その後は本に書いてある通りである。 ん?。この時代背景を、戦後に置き換えてみると、戦後復興の際、ソ連中国の共産化による米国の政策で支援してもらった日本。 朝鮮戦争による経済特需を経て、高度成長の波に乗り、80年代には押しも押されぬ経済大国になった日本。 しかし、金融政策の失敗でバブルを抑えるどころかその後現代にいたるまで経済は低迷している。 まったく同じ失敗を日本はやっているではないか、と感じさせる本です。

次に読む本

ノモンハン責任なき戦い 田中 雄一

1939年5月に勃発したノモンハン事件とはどういったものだったのか。 満州と、ソ連・モンゴルは膨大な長さの国境で接していたが、国境警備隊の間で小競り合いが多発していた。日本側が2,000名の兵力を投入するとソ連モンゴル側もこれに応戦し、本格的な戦闘となっていく。 三回にわたって行われた紛争は、4か月の戦いで、日本側2万名、ソ連側2万5千名もの死傷者をも出した。事件と言うより戦争だった。

この本は、現地調査と、当事者、当事者の遺族と遺族に残された膨大な手紙等の資料等から、なぜこのような事件が起こってしまったのかを記している。 上層部は、自らの保身に走り、一旦は敗戦処理として左遷されるが、1年後には参謀本部へとエリートコースに戻ってくる。 守備隊の隊長は、800人で5,000人のソ連兵の前で弾薬が尽き、無線も破壊されていたので自分の決断で退却したところ、敵前逃亡として処断され自決する。 そして即席で作られた第二十三師団は、戦闘経験のない初年兵も少なくなく、装備も日露戦争当時と同じ三八式歩兵銃でソ連と対峙し、壊滅する。

とおる

いち少佐である関東軍作戦参謀・辻政信は、過激な言動によって関東軍内部で強い影響力をもち、陸軍中央をも引きずり回したという。 彼を絶対悪と評する者、天才参謀と評する者、両者の回想を丹念に拾い上げられている。そこから同じ日本の陸軍であるにも関わらず、関東軍と陸軍中央2つの組織が見えてくる。関東軍の中でも師団によってまた縦割りの組織が見えてくる。 その結果、戦略を練った司令官は、戦術で成果をあげられなかった隊長の責任とし、最前線の兵隊は捕虜になれば極悪人扱いで、除隊し村に戻ったところで世間は受け入れない。 割を食うのはいつの時代も現場の人間であり、上級国民は無かったことにし余生を過ごすのか。

とおる

「敗戦真相記」では、日本が大きな失敗で壊滅していく概要をわかりやすく解説し、「ノモンハン責任なき戦い」では、失敗の本質をノモンハン事件を事例として取り上げ解説している。 参謀本部へ戻ってきた辻政信は、太平洋戦争緒戦のマレー作戦で大きな成果を出す。しかしアメリカにじわじわと押し返されてくると、ガダルカナル島の戦いで再びノモンハン事件と同じ過ちを冒してしまう。 この失敗の責任を取って辻は、参謀本部から離れるのだが、その後は、沖縄陥落、広島長崎の原爆投下で、大勢の国民が死ぬことになる。 最近では、森友学園の問題で近畿財務局のノンキャリア職員が自殺に追い込まれている。コロナ禍では、飲食店が壊滅的な自粛に追い込まれているのに、5人以上の会合は禁止と決めた人たちが100人規模の政治資金パーティーを行っている。 上層部の人間は責任を取ることなく、しわ寄せは下へ下へと向かうこの構図は、今も変わらぬ日本型組織の構図であることがよくわかる本である。

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とおる

人生のいろいろな事情を経験してきた50代。 社会に出て、最初の20年はとにかくお金に無頓着。なぜ自分がこんなことになっているのかすらわからない状態。その後約10年、生命保険代理店で法人担当の仕事を週7日で勤務。多くの経営者と接するうちに、失敗の原因が見えてきて、ビジネス書を読み漁るようになる。時々、政治や歴史書を織り交ぜながら。

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