あらすじ
本書は脳のバイアス、食生活におけるダイエット、人類の病原体との戦いの歴史など、身近なエピソードも取り上げながら、生命の本質を解き明かそうとした科学エッセイである。
結論はこうだ。生命とは、タンパク質の酸化や老廃物の蓄積など増大し続けるエントロピーを絶えず系外に捨て続けることで、崩壊しそうになるたびに秩序を作り直すことーー「動的平衡」なのだ。端的に言えば、生命とは動的平衡にあるシステムだ。
そしてこの生命の動的平衡を維持するには、作ることよりも壊すことが必要だという。なぜなら細胞はどんな環境でも、いかなる状況でも、発生した酸化や老廃物を排除するため、エネルギーを使って自らを分解しつつ同時に再構築するという流れが必要だからだ。
この流れの中で、私たちの身体は変わりつつ、かろうじて一定の状態を保っている。その流れ自体が「生きている」ということなのだ。
生命の本質が分解と合成を繰り返す流れであるとするならば、その流れを阻害するものを排除していくことが流れの停止(=死)を遅らせる戦略になりますね。
過度な食べ過ぎやダイエット、人工的添加物の摂取、ストレスは言わずもがなですが、この自然の流れを無理に逆回転させようとするような人為的アンチエイジングは、生命現象を支える総合的なサステナブルな仕組みを阻害することになりかねないですね。
人間の場合、こうした無意識化の細胞の営みと大脳辺縁系がつかさどる様々な欲望が同期していないところに、他の動物にはない生きづらさの源泉があるのかもしれませんね。
次に読む本
ぼくはあと何回、満月を見るだろう(坂本 龍一)
本書のタイトルは、坂本龍一氏が亡くなる2年前の20時間に及ぶ大手術後につぶやいたとされる言葉だ。友人でもある編集者、鈴木正文氏を聞き手として、亡くなる前の十数年間の彼の活動を口述筆記した内容となっている。
そこには「音楽家」、「日本」という枠組みでは到底捉えきることは不可能な「教授」の多彩な活動内容が綴られており、その社会・文化的価値の大きさに改めて圧倒される。また、がん闘病の過酷さとそれに直面した人間の移り変わっていく想い、死を間近に見据えた時の周囲の人々との関係性をリアルに感じ取ることができる。
晩年の傑作「async」が生まれた背景についてのエピソードも紹介されている。それは、夜空の星同士を勝手に繫いでしまう人間の脳の特性=ロゴスに対し、本来の星の実像 =ピュシスを音で表現したものなのだ。読者は本書を通じて今後の人生の道筋への様々なきっかけをつかむことができるはずだ。
教授が亡くなる前年12月に配信されたNHK放送センターでの演奏は、死を意識し自己の人生を振り返りながら演奏するピュアな姿が最高の形で表現されており、涙なしには聴けないものでした。その時、最後に演奏された代表曲「Merry Christmas Mr. Lawrence」はYouTubeで今も再生され続け、6千件以上の死を惜しむコメントが付いています。
おススメポイント
科学エッセイと音楽家の自伝という、一見すると別世界を扱っているような2冊ですが、ロゴスからピュシスへという流れで世界観や作品を変化させてきたという意味では、著者である生物学者の福岡氏と音楽家の坂本氏には共通点があるのですーーー福岡氏は分子生物学というロゴス的アプローチによる研究で生命の解明への限界を知り、生命の可塑性に基づく動的平衡という概念を打ち立てた。一方の坂本氏は西洋の音楽理論を学びテクノミュージックを経て、晩年は自然音そのものを自分の音楽に積極的に取り入れ、既存の理論であるロゴスからいかに自由になれるかに挑戦していた。
遺作となった「12」を聴くと、宇宙の中の生命の流れを表現しているかのでようで、心が不思議と落ち着きます。生物も音楽も、いくら要素分解していってもその不可逆性、美しさ、生態系全てを解き明かすことはできないですね。
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