あらすじ
炎上という言葉が出てきてから、2010年代SNSの普及とともにそれは一般的な現象となった。著者は炎上現象は今日の社会にとっては特異なものではなく、社会のあり方を映し出すもの社会の鏡のひとつとなっているのではないかと考える。そこに映し出されてる像から社会そのもののあり方を分析することが重要だと言う。各章で様々な事例を上げながら社会が抱えている問題について考察がされていく。コロナ渦から現れた自粛警察、炎上という現象とSNSの関係といったネガティブなもの。ハツシュタグアクティヴィズムなど社会運動を作りだし世論の担い手となる炎上現象でもポジティブなもの、炎上現象が持つそれぞれの両面についても考察は展開されていく。

SNSや情報社会に取り残されたとか疎外感を感じたり、生きづらさを感じたり、疑問を感じた時に読んでみるのにおすすめです。ニュースや報道では見えなかった背景が理解できたり、複雑な情報文化の中で自分たちが生きてるんだと改めて気付かされる本でした。本書は2010年~2020年に起きた世の中のニュースや現象を通して分析や思考か展開されて行くが、現代の情報社会のプロセスを改めて振り返ることも出来ます。当たり前に使われてる「共感」という言葉も、意味そのもの変容してるのではないかとの問いかけも興味深く読むことが出来ました。
現代人のアイデンティティーの求め方の変化やネット社会への承認願望の強さを改めて感じました。
次に読む本
「曖昧な弱者の時代」(伊藤昌亮)
成蹊大学文学部現代社会学科教授である著者が、主に2020年代に入ってからの社会事象や政治の動向から現代の弱者とは何かを考察していく。社会的に公認されている明白な弱者の存在があり。そこには該当しないが、曖昧な格差のもとで曖昧な貧困に苦しめられる曖昧な弱者という存在があるのではないかと本書では考察されていく。
各章は独立して書かれ雑誌に掲載されたもので、本書全体としての統一的な展開があるわけではない為、著者としては一部の章を読むということでも構わず、その上で曖昧な弱者の時代の総体をリアルに感じ取ってもらえればよいと語る。

まず本タイトルを見て曖昧な弱者という表現が刺さり、気になりました。
はじめにの章では最初に著者が伝えたいことや、読み進め方が明確に示されていて、社会問題にうとい人でも分かりやすさがあります。一部の章だけ読んでも構わない。という著者からのメッセージがあり、それでもいいんだと安心します。難しい用語はスマホで調べて分かるし、そういう意味だったのかと発見もあり嬉しくなりました。各章では経済の格差、ビジネス、自己実現の格差など今まで気付けなかった格差について知ることが出来ました。
ひろゆき論では人文知と情報知をこれからの社会でどう扱っていくかなど普遍的な問いかけにもうなずけました。普通に生活してることに満足しなければと言い聞かせながら、現代に生きずらさを感じたりしてる自分も曖昧な弱者になってるのかな?と思ったりしました。スポット的な自分にふりかかる不満だけを見るのではなく、自分が置かれてる社会の中の立ち位置や現代を生き抜く為に、この時代の成り立ちを理解すること、見渡す視点が必要だと気付かされる一冊でした。
おススメポイント

同じ著者の2冊を読みました。
2冊を通して読むと、メディアの報道や部分的に何となく見聞きしてた社会事象を理解して見解を広げることが出来ます。「炎上社会を考える」を読むと、その中で誰が弱者なのかという章で変容してきてる弱者の定義への問いかけがあり「曖昧な弱者の時代」では更に内容が現代の弱者の定義とは何かが掘り下げられています。曖昧な格差、曖昧な貧困により苦しめられる曖昧な弱者が存在するのではないかとして、様々な視点から現代社会の構造が考察されています。
これだけ現代の情報社会のスピードが早いとついていかなければ、乗り遅れないようにしなければと知らず知らずのうちに、自分らしさや自分の生き方を見失いそうになります。
本書の中で著者は主観的なことや断定的な伝え方はせず、それぞれの個人が目まぐるしい情報社会の中でどういった選択や生き方をしていったらいいのかということを静かに問いかけてくれている気がしました。社会派の本をあまり読まなかった自分にも目を開かせられる2冊でした。
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