あらすじ
シリアから養子として引き取られたアイは、アメリカ人の父と日本人の母を持つ。2人に愛されながらも、アイは父にも母にも似ていない自分を常に「養子」として意識し、世界の恵まれない子と比べて自分は「不当な幸せ」を手にしていると思うようになる。
学校でも目立つアイは、孤独を感じるようになり、何かに没頭する時間を求めて数学に夢中になる。
やがて初めて自分を特別扱いしないミナと出会い親友となり、恋人も出来る。
愛することを知ったアイの心の成長の物語。
様々な困難があるシリアという国から選ばれて両親の元へ来たアイは、感謝するより苦しんだ。シリアだけでなく世界は悲しみや苦しい事件で溢れており、アイは自分が恵まれていることを恥ずかしく思い、罪悪感を抱くようになる。
アイが繊細すぎるが故なのだが、例えば両親の実家の廊下一面に飾ってある歴代家族の写真を見て、自分だけが誰にも似ていなかったり、学校でも目立つ容姿に加え「養子」であることが知れ渡り疎外感を味わったりすることで、自己肯定感が育たないのだろう。
勉強に没頭し数学に魅せられ、大学は数学科に進学するが、アイにとって数学の世界は美しく、そこにいるときは世界の残酷な事件を忘れられた。
やがて親友のミナや恋人のユウの存在によってアイは心を開き成長していくが、それでも彼らと完全に分かり合えないことはある。
文中の「理解出来なくても愛し合うことはできる」というセリフが印象的だった。
また、東日本大地震を経験したアイは、「これは私のからだに起こったことだ」と強く認識する。ずっと恵まれていることに罪悪感を抱いてきたアイにとって、その恐怖を身をもって体験することが重要だったのだろう。
平和な日本で生まれ育った自分がアイの気持ちが分かるなどというのはおこがましいが、世界の悲しいニュースを見て心を痛めても、そう思う自分に対して、所詮自分は安全な所にいるからと罪悪感にも似た後ろめたいような気持ちが沸くことがある。
最後にミナが言った「渦中の人しか苦しみを語ってはいけないことはない。そこにいなくても、その人たちのことを思って苦しんでいい。想像して思いを寄せるべき」というセリフが心に響いた。
次に読む本
『博士の愛した数式』 小川洋子
80分しか記憶がもたない数学者の博士の元で、「私」は家政婦として働くようになる。
博士にとって「私」は毎朝出会う度に初対面であるのだが、やがて「私」の10歳の息子が加わり、3人は数学を通して心を通わせるようになる。
静かで何気ない日常や、喜びや悲しみを温かく描いた物語。
義理の姉である未亡人が住む屋敷の離れに1人で住む博士は、友人もなく、家に籠り一日中数学のことを考えて過ごす。
会話といえば数字に関することで、ただの孤独な変わり者かと思えば、彼が話す言葉は不思議と温かく、そこに優しい意味が込められている。
特に「私」の息子であるルートへの博士の接し方は愛情に溢れており、純粋さすら感じる。
ルートが怪我をしたときに博士が涙を流すシーンや、2人からプレゼントを貰ったときの博士の様子が描かれるシーンでは、思わず私も涙を流した。
登場する人達それぞれの抱く愛情が丁寧に描かれ、悲しいながらも温かい小説だった。
2冊とも主人公はそれぞれ孤独を抱えながらも、数学に魅せられている。
数学と聞くとどうしても一見感情のこもっていない淡々としたイメージが浮かぶが、この2人は誰よりも繊細で優しく、数学の世界は美しいと感じている。
そしてどちらも何か劇的な事件が起こるような内容ではないのだが、主人公の心情が、周りの人達との交流によって変化していく様子を丁寧に描いており、読み応えがある。
また、様々な愛の形が描かれる点も共通している。
両親から養子であるアイに注がれる愛情と、博士からルートへ注がれる愛情は、どちらも血の繋がりこそないが、無償の愛である。
さらには、それぞれの友情や恋人との愛情などが描かれ、どちらも愛に溢れた温かい小説である。
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