あらすじ
18世紀末から19世紀初頭の南イングランド。片田舎のハートフォードシャーに住むベネット家には5人の娘たちがいた。主人公のエリザベスは次女で、とても聡明な女性である。男子に恵まれず財産もない当家にとって娘たちの結婚は死活問題であり、母親は娘たちを金持ちの男と結婚させようと躍起になっていた。
そんな折、青年資産家のビングリーが別荘を借りて近くへ越してきた。ビングリーは人当たりの良い好青年で長女のジェーンと初対面から惹かれ合うが、彼の友人ダーシーは鼻持ちならない人物であり、その高慢な態度に、次女のエリザベスは反感を抱く。実際にはダーシーはエリザベスに対して興味を持っていたが、プライドが邪魔をして素直になれないだけだった。初対面最悪の二人であったが、障害を乗り越えて次第に惹かれ合っていく。
当時の女性の婚活事情を背景に、素直になれない男女が次第に惹かれ合っていく様子を描いたイギリスの恋愛小説です。
この作品は何度も映画化されており、とりわけ、2005年公開のキーラ・ナイトレイ主演作はイギリス国内のみならず世界中で評価を受けました。私は映画から入りましたが、今回、原作を読む機会に恵まれ、あらためて、その面白さを堪能することができました。
この作品からは、当時のイギリスの社会状況と女性の結婚観を知ることができます。現代人の考える結婚と当時の女性が考えるそれとではまるで重みが違っていて、そのことがこの作品を面白くさせる枷として巧く作用していました。また、「初対面最悪の男女が障害を乗り越えて惹かれ合っていく」というプロットは、現代のラブコメに通じるものがあり、200年以上も前に書かれた作品なのにまったく古臭さを感じませんでした。何度も映画化されたくらいなので、現代人にも共感できる部分がたくさんあると思いました。
次に読む本
「細雪」 (谷崎潤一郎)
戦争の影が迫る昭和11年から16年の関西を舞台に、大阪船場の旧家・蒔岡家に生まれた四姉妹の悲喜こもごもの人間模様を描く。三女雪子のお見合い話を軸に物語は展開していくが、そこに四女悦子の恋愛事件などが重なり、その度に次女の幸子がやきもきする様子が丁寧に描写されている。戦前の関西の文化や日常生活を知ることのできる貴重な一冊です。
「若草物語」や「阿修羅のごとく」など四姉妹が出てくる話はたくさんありますが、この作品が面白いのは男性作家によって描かれている点です。
著者の谷崎潤一郎は関東大震災で被災したのをきっかけに兵庫県の芦屋市に移りました。そこで見た人々や出来事が本作の下敷きになっているのは言うまでもありません。描写されているのは、かつて「阪神間モダニズム」と呼ばれた関西の文化や日常生活であり、当時の様子を知ることができるという点で、本作はとても貴重な作品です。
物語の主人公は四姉妹ですが、私は「三女雪子の婚活話」として読みました。何度もお見合いを繰り返しているうちに婚期を過ぎてしまった雪子。そして、彼女の将来を案じて気を揉む人々。悲喜こもごもの人間模様は、さながら絢爛たる絵巻物のようであり、濃密で贅沢な読書体験を与えてくれました。
ジェイン・オースティンの「高慢と偏見」と谷崎潤一郎の「細雪」は、舞台となる国も違うならば描かれる時代背景もまるで違います。そんな一見何の繋がりもなさそうな両作品には、「上流社会の婚活」という見逃せない共通点があります。
「高慢と偏見」からは18世紀末から19世紀初頭のイギリスの婚活事情が、そして、「細雪」からは昭和初期における関西の婚活事情が見えてきます。
18世紀末のイギリスでは、女性の将来と家の財産を守るために「結婚」が重要視されていました。昭和初期の日本も似たようなもので、結婚が家と家を結び、女性の将来を決定づけるものと考えられてきました。
「高慢と偏見」のエリザベスと「細雪」の雪子は、ともに「上流社会のお嬢さん」であり、ともに「結婚」というゴールに向かって進んでいます。
面白いのは、エリザベスと雪子のキャラクターが全く逆であることです。
エリザベスが自分の意見をはっきりと言う女性なのに対し、雪子は周囲に勧められるまま見合いを繰り返していて、まるで主体性を感じられません。
そして、二人が辿るであろう未来にもはっきりと明暗が分かれます。
「高慢と偏見」は、障害を乗り越えた男女が愛を成就させるまでを描いており、明るい余韻を漂わせて終わります。
翻って、「細雪」は、三女雪子の婚活事情を軸に絢爛たる関西の上流社会を描いていますが、戦争の影が押し迫るなかで滅びの予感を漂わせて終わるのです。
「18世紀末の恋愛小説」と「滅びの予感を湛えた耽美的な小説」。一見何の関係もなさそうなこれらの作品が、「上流社会の婚活事情」という視点で読み進めることにより、陰画のように見えてくるのだから不思議です。2つの作品を読み比べながら、「女性にとっての幸せとは何なのか?」を真剣に考えてみてもいいでしょう。一人でも多くの女性に読んでもらいたい作品です。
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