生きるとか死ぬとか父親とか(ジェーン・スー)の次に読む本

あらすじ

24歳で母を亡くし、我が家は、父と娘の私だけに。それから20年が経ったけれど、いまだに家族は増えていない。気づけば私は40代半ば、父は80歳になろうとしている。
いま猛烈に後悔していることがある。母の人生を、母の口から聞かなかったことを。母の母以外の顔を知らないまま別れてしまったことを。
父については、もう同じ思いをしたくない。もっと、父のことを知りたい。もう一度、父と娘をやり直したい。それには、これがラストチャンスかもしれないのだから。
戦時中に生まれ、戦後社会に飛び出て、必死で働いた父。母との出会い、娘の誕生、他の女性の影、全財産の喪失、母の死。父への愛憎と家族の裏表を、娘の視点で赤裸々に描く傑作エッセイ。情緒あふれる東京の描写もどこか懐かしいです。

もんちょり
もんちょり

お父さんとの仲がそんなに仲が悪いわけではないと思っていたけれど、そういえばお父さんと過ごした幼少時代の記憶はほとんどないわけで、20代でお母さんを亡くしてからようやく作者は父子関係と向き合います。40代の現在まで幾度となく衝突し、一時は親子の縁を切ろうと本気で思ったほどだけれど、それでもこの世で唯一の肉親。病弱だけど破天荒でプレイボーイなお父さんは、どこか茶目っ気があり憎めません。4億円の借金が○万円になった話や料亭でのエピソードなど、面白おかしい話もあり、お母さんのお墓参りや過去の回想などの切ないエピソードもてんこ盛りな自伝的エッセイです。心にじんわりと広がる味わい深さが心地よいです。

次に読む本

オトーさんという男(益田ミリ)

なんでもお母さんを経由して言う。二人きりになると話すことがない。私物が少ない。チャンネル権を握っている。畑での野菜作りとグラウンドゴルフが趣味。寝る前には本を読み、小銭がポケットからサッと取り出せる。ちょっと面倒だけど、完全には嫌いになれない。考えてみれば、自分のからだの半分は、オトーさんでできているのだから。わかりやすくて、わかりにくいオトーさんという男をエッセイと漫画で綴る、じんわり心が温まる珠玉の一冊。

もんちょり
もんちょり

作者の益田ミリさんの父親をテーマにしたエッセイ集。短いエッセイとほんわかしたタッチの漫画が交互になっていて、とても読みやすいです。作中のオトーさんについて語る女同士という連作漫画では、オチが必ずと言っていいほど「オトーさんって、よくわからない……」となるところがなんだか笑えてきます。良い面も悪い面もあるけれど、作者にとって昭和のオトーさんはただ、「オトーさん」という存在なのです。せっかちで短気で正直者だけど、娘を想う不器用な優しさも持ち合わせているオトーさん。親子間には微妙な距離感が保たれているのが分かります。

もんちょり
もんちょり

どちらも娘の視点から見た昭和のお父さんの話です。お母さんを通して話す様子もよく似ています。場所は東京と大阪なので気風は異なりますが、お父さんはよく分からないという点は共通しています。ジェーン・スーさんの作品はお父さんの話を徐々に聞き出し、亡きお母さんへの思慕とともにお父さんの新たな一面が見えてくるような笑いあり涙ありのエッセイだとすれば、益田ミリさんの作品はお父さんの性格や趣味などを淡々と描く軽やかなタッチが特徴です。誰しもお父さんはいるけれども、お父さんについて知っていることは実はあまりないのかもしれません。老いていくお父さんを見て、時が経つのは早いと思ったり、子どもの頃はこう思っていたけれど、大人になった今はまた違う思いを抱いたり、お互い歳を重ねていくにつれて変化する父子関係が、読んでいてひしひしと感じられます。自分とお父さんとの関係を見直したくなる作品です。是非お手に取ってみてください。

この記事を書いた人

もんちょり

もんちょり ライターや翻訳家を目指す20代会社員。 ゆるゆるとしつつも、「広く」「深く」本を読んでいきたいです。語学(特に韓国語と英語)にも関心を持っています。よく読むのは小説、エッセイ、ビジネス書など。好きな作家は稲垣足穂、星新一、三浦しをん、向田邦子、米原万里(敬称略)。

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