あらすじ
40歳の在宅ライター・猪名川健人は、古くから住み続けるマンションの大家から紹介を受け、婚活事業を営む会社に関する記事を執筆することになる。
同社を切り盛りしているのは、同年代の女性・鏡原奈緒子。成り行きでイベントの手伝いをすることになった猪名川は、彼女が「婚活マエストロ」の異名を取る ”プチ有名人” であることを知る。やがて、恋人のいない自らの境遇を考え、重い腰を上げて婚活にも乗り出す独身男は、参加者としても婚活の世界に身を置く鏡原と共感し合い…
ネタバレ注意
「初デートでサイゼリヤはありか?」賛否ともに支持者が多く、常に界隈を盛り上げてくれるのがこのテーマである。ここではその是非は脇に置いておくが、本書で幾度となく繰り広げられる猪名川と鏡原の ”サイゼリヤデート” の様子は不思議と心地よく、気持ちがいい。特に良かったのが「なぜティラミスのココアパウダーが苦いのか」という話で、2人が打ち解け合うシーン。共通点があれば、いつでもどこでも心の距離は近づいていく。そんな当たり前のことを教えてくれる印象的な場面だった。
”婚活あるある” が随所に散りばめられており、パートナー探し中の方も、すでに伴侶がいる方も共感しながら楽しめる作品だ。
次に読む本
『紙の月』角田光代
銀行員の1億円横領事件を描いた小説。銀行で働く梅澤梨花は、夫と二人暮らしをしていたが、次第に心の距離が離れていく。そんな矢先、客先で出会った一人の若い男性・光太と恋仲になってしまった梨花は、資金援助をせがまれた光太のために、顧客の金を着服することを思いつく。
悪事に手を染め、エスカレートしていく所業は、やがて取り返しの付かない状況に。最終的には海外逃亡を図る…というシーンから物語は始まり、周囲の視点から過去のいきさつが語られていく構成である。
ネタバレ注意
「この話は一体、どこに向かうんだろう…」そう思わせるストーリー展開で、あっという間に最後まで読まされてしまう1冊。
本書を読んで感じるのは、人が持っている「弱い心の存在」である。人には理性や自制心があり、どこかでブレーキをかけられる。でもストレスだったり、寂しさだったり、だれもが抱く感情から綻びは生まれ、取り返しの付かない事態になってしまうのである。
主人公の梨花も夫婦関係に疲れ、若い男性の虜になっていく。証書を複製するため、自宅に印刷機を準備する様子は狂気の沙汰としか思えなかったが、夫婦の不仲という前提条件は良くある話である。そのリアリティーの高さが、物語の世界にどっぷりと浸れる大きな要素だと感じた。
おススメポイント
「人と人との出会い」をテーマに選定しました。
誰かと出会うと、大きな変化を起こすキッカケになります。しかしその出会いが、良い方向に転ぶかどうかはその人次第。
『婚活マエストロ』では、猪名川にとって鏡原との出会いが良い方向に転びましたが、『紙の月』では、光太との出会いが、梨花にとって転落人生の始まりでした。
同じようなほっこりするストーリーではなく、あえて真逆のテイストに触れることで、人との出会いについて、一歩引いた ”鳥の目” で見られると思います。
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