あらすじ
20歳の誕生日を跨いで半年ほど死ぬことを考えていた大学生の多崎つくる。きっかけは彼がそれまで長く交際していた4人の親友から突然「もう顔を合わせたくないし、口もききたくもない」と告げられたからだった。理由に心当たりのない多崎は、年上の恋人に促されて、真相の旅に出かけることにした……。
数ある村上春樹作品のなかでも長編入門編として初読に薦められる本作。『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『1Q84』など何巻にも渡る作品に比べ、全1巻でまとまった本作は確かに助かる。しかも他作よりライト(村上春樹っぽくないという意見もある)だから読書初心者にも優しい。結局、多崎が拒まれた理由は何なのかは読んでみたほうが説明が早い。ただ言えるのは、ラストが何とも印象深い。
次に読む本
『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている - 再生・日本製紙石巻工場』佐々涼子:ハヤカワ文庫
2011年3月11日、宮城県沖を震源とするマグニチュード9の地震が発生。地震による土石流の津波で石巻市・日本製紙石巻工場は壊滅的被害を受けた。「8号抄紙機(出版用紙の工場内最大製造機)が止まる時は、この国の出版が倒れる時です」。この言葉のとおり工場閉鎖および出版の崩壊も視野されるなか、工場長は半年の復旧を宣言。そして9月14日、一発で見事な通紙(全工程を終えた紙)を生産した。なぜ彼らは絶望と戦えたのか……。
読了後、まず本が読める現状を幸運どころか当然と思ったことを恥じた。もっと知るべきだ。そう思うと8号機の製紙で作られたこの本の匂いがより愛おしく感じる。そう思っていたら、解説を担当している池上彰氏も同じことを書いていた。「本を愛するとは紙を愛することです」。あの日、大震災の直下に立たされた読書家および本に係わる全ての人たちに読んでほしい1冊です。
あらすじもジャンルも全く違う。何の縁もないように見える上の2冊ですが、『紙つなげ!』のプロローグを読むと一本の大きな線が繋がります。2013年4月12日発売の単行本版『多崎つくる』の本文用紙を造ったのが、この日本製紙石巻工場の8号機であり生産復活1作目の紙なのだ。
三省堂書店神保町本店の売り場には『多崎つくる』入荷1000冊のうち200冊で積んだタワー(高さ140㎝)が建てられて、開店前の出入口にはいくつもの報道陣と新刊を待つファンの行列で人々が歓喜に溢れかえっていたという。その報告を遠く離れた石巻工場の従業員たちは「復興記念日」として祝い、石巻市の希望の光として凄惨な野原がまだ広がっている町の地元民たちから熱い祝福をうけました。
8号機のリーダー、佐藤憲昭氏は「うちのはクセがあるからね。本屋に並んでいても見りゃわかりますよ」と愛情込めて述べています。私たちは意識していなかったが、この8号機の紙から生まれた本は実に多いとのこと。たとえば文庫本なら『永遠の0(百田尚樹:講談社)』『天地明察(冲方丁:角川)』『カッコウの卵は誰のもの(東野圭吾:光文社)』、単行本なら『ロスジェネの逆襲(池井戸潤:ダイヤモンド社)』『ホテルローヤル(桜木紫乃:集英社)』、コミックなら『ONE PIECE(尾田栄一郎:集英社)』『NARUTO(岸本斉史:集英社)』がある。そして、この『紙つなげ!』の用紙こそ8号機で作られたもの。書店でハヤカワ文庫の棚を覗くと、本作だけ違うのが一目で分かります。セピア調の電球色っぽい温かい紙色が特徴のハヤカワ文庫に一冊だけ、太陽の光のように自然な輝きを放っている。白い希望の光だ。
ひとつの料理にある原材料ひとつひとつに生産者がいるように、本の一冊一冊にも生産者がいる。言葉も絵もない紙には何もないように見えて、光に透かすと細かい繊維が見える。人間の指紋のように同じ組み方の紙はふたつ存在しない。つまり、この世の本の全てが人間のようにひとつしかいないのだ。今回の『多崎つくる』→『紙つなげ!』と続けて読むことで紙製造の背景や出来事、世界にひとつしかない本に出会える奇跡を噛み締めてみてください。
東日本大震災から今日で10年目。あの日の以前と変わらず本が読める今日に、惜しみない敬意と終わらない黙祷を揺れた14時46分に込めます。
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