あらすじ
定年間近の泰介は、妻の由佳子と娘の萌子、そして認知症の母、万津子と暮らすバレーボール一家である。もうすぐ2020年の東京オリンピックが開催されるという話題が出る中、泰介は認知症である母、万津子が1964年の東京オリンピックとの勘違いから発する、女子バレーボールに関するワードから万津子がかつてどんな人生をおくってきたかを想像する。
自分の生い立ちや、バレーボールを母から教わったこと、それが娘にも継承されていることを改めて実感する。ぶっきら棒で他人と馴れ合えない性格の泰介は、どんな幼少期を過ごしたのか。泰介視点の現代と万津子視点の1960年代の2つの視点から物語が交わっていく。親子三世代の夢の継承物語。
現代の泰介視点よりも1960年代を描く、母の万津子視点のお話の方が印象的だった。それはこの時代の日本の一般女性が置かれている状況や、家族との関係性、結婚など今の時代とはかけ離れていると感じたためだ。あまりにも壮絶で悲惨であるが、それでも息子の泰介を何よりも大事にしており、親子愛に感動する。そして泰介が現代で、家族愛に継承され、娘の萌子にはバレーボール選手という夢が継承されている。万津子の発言や行動を中心に泰介が自らの欠点を克服していき、幸福に近づいていく。万津子は認知症になりながらも、息子に愛情を注いでいるかのように感じられた。
次に読む本
「ビタミンF」重松清
家族をテーマにした7つの短編集。
1つ目の「ゲンコツ」は子供の頃ヒーローに憧れていた、中年サラリーマンが家族を守るためにマンションの防犯委員として、夜悪さをする中学生グループに奮闘する物語。
2つ目の「はずれくじ」は父親の修一が妻の腎臓結石の手術のために入院している間、中学生で一人息子の勇希との日々を描いた物語。
3つ目の「パンドラ 」は中学2年生の娘である奈穂美がやんちゃな彼氏と付き合い始めたことから、万引きで補導された。奈穂美にとっては初めての彼氏であるが、そこから真面目な性格である父親孝夫は娘を心配するが、自らの最初の彼女のことを思い出し、かつての友達に連絡先を聞いてしまう。
4つ目の「セッちゃん」は小学校で優等生の加奈子が、家では転校生で仲の良いセッちゃんがみんなからいじめられているという話をいつもする。そんな中、近々運動会が開かれるのだが、加奈子は両親に観に来ないでほしいと言っていた。何故なのか。家族間のなんとも言えない関係性を描いた物語。
5つ目の「なぎさホテルにて」は主人公達也は妻の久美子と2人の子供と旅行に出かける。しかしそのホテルは達也が17年前に元彼女の有希枝と来たホテルであった。
6つ目の「かさぶたまぶた」は親だからなんでも知ってると物事を理解したつもりの父親政彦が娘の優香の様子が変なことに気づく。家族のことならなんでもわかると政彦は言うが、それは実は勘違いであった。
7つ目の「母帰る」は主人公拓己は37歳、自分の家族もいる充実した人生である。そんなある日拓己の両親が熟年離婚、拓己の母親は父親の元から出て行ってしまった。一人取り残された拓己の父を巡った物語。
それぞれの物語を通して、家族の関係性をテーマにしている。特に印象深いのは「なぎさホテルにて」で、主人公達也は子供が2人いて順風満帆な人生かと思いきや、満足しておらず、家族がいることに疲れを感じている。夫婦としても、子供がいるからなんとか関係性を保てているような状態だ。他のお話と比べると父親が家族の前で理想の父親でなければならないという感情に流されていない感じがして、印象に残った。父親視点でどのお話も描かれているため、比較して楽しみやすい。
「十の輪をくぐる」を読んで、この小説のテーマは家族愛だと思った。それから様々な家族の物語を読んで、比較したいと思い、短編で違った家族を描いた物語を集めた「ビタミンF」という作品に辿り着きました。家族愛や家族の関係性もそれぞれの家庭で違ってくるし、2つの作品とも、人間関係が上手くいっていなかったり、それに気づいて改善していこうとしたり、共通する部分もある。おすすめのポイントは、家族ならいつも一緒にいて全てがわかると思いがちだが、秘密にしていることがあったり、息苦しさがあり、それをどちらの作品も読み手に共感できるように表現されているところだと思う。
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