あらすじ
大分県日田市出身の著者が、自らの体験を踏まえて書いた青春小説である。
時は、1969年7月。生まれ育った日田から岐阜の大学へ進学した主人公が、一年生の夏休みに初めて帰省する。
中学時代の同級生や先生に温かく迎えられ、彼は仲間とともに町のあちこちを動き回る。しばらく離れていた間に、日田の街は変わっていた。
ジャズの流れる喫茶店やボウリング場ができ、かつての同級生たちもそれぞれの生活を楽しんでいた。
それから5年後、京都での就職試験を終えて、主人公は日田に帰省する。その夜行列車の中で胸に去来したものは……。
私は日田という街を詳しくは知らない。江戸時代に広瀬淡窓という学者がいた、ということぐらいである。
そんな私に、本書は日田の街の魅力ある風景と人々の生活を教えてくれた。
三隈川、亀山公園、会所山、上野展望台、久津媛、日出町、祇園祭、天ヶ瀬温泉、精霊流し。思わず地図を開いて、日田の場所を確かめた。まさしく、九州の盆地の中にある。
本書には、現地のカラー写真が何枚もはめ込まれていて、書かれている風景をリアルに感じることができる。観光案内書の役割も果たしており、著者の街への深い愛着が感じられる。
日田に旅してみたくなった。
次に読む本
百年の轍 織江耕太郎
日田市再生計画のために、取り壊されることになった古い家。解体の途中で、床の間の床下から古い木の箱が見つかる。そこに入っていた色あせた封書には、家にまつわる曾祖父、祖父、父の三代百年にわたる因縁の秘密が隠されていた。
日田市はもともと林業で栄えた街である。だが、戦後の高度成長期、危機を迎えた。外国産の安い木材の輸入自由化政策がすすめられたからだ。日田の林業を守ろうと、地元で反対運動が盛り上がる。そのさなか、反対運動に協力していた県会議員が、ある日突然失踪するという事件が起きて……。さまざまな謎が錯綜する、社会派ミステリー。
まず、著者の見事な構成力をほめるべきだろう。ストーリーの中核となる謎のヒントが序章で提出されて、読者はこれからどのように展開していくのか、思わず引き込まれてしまう。その後も、戦中、戦後、現在と百年にわたる一族の因縁が語られる。
夫が兵役に取られている間に、妻が子供を産む。それが事件の発端である。生まれた子の父親は誰なのか。著者はその答えを明らかにしないまま、二代目の子、三代目の子へと話をつないでゆく。
著者の巧みなリードに導かれて読み進んでいた私は、最後に明らかになる意外な真実に、完全に先入観を打ち砕かれた。
両書とも、舞台は日田市である。「日田夏物語」が描くのは1969年夏の日田。「百年の轍」は戦中、戦後、現在と、日田の林業に生きた人々を通して描く、日田の歴史。描き方は異なっているが、どちらも日田という街とそこに住む人々の魅力を伝えている。
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