あらすじ
絵を描いたり粘土をこねたり、様々な製作活動を通じて心のケアを行うアートセラピーを専門とした熊沢アート心療所にインターンに来た日向聡子。電車の絵ばかり描く自閉症の子や、認知症で花の名前にくわしいカヨなどたくさんの出会いの中で、絵を通して人の心に近付いていく。そして、自分の不自然なほど記憶の少ない幼少期の謎に迫る…。
絵は何かを表現するために描くものという印象があったのですが、何気なく描いた絵から言葉にならない思いを分析していくというのはすごく興味深く感じました。特に、前情報なく絵を見て分析してほしいというお願いに対して、「老成した絵は死を見つめている人にしか描けない」とか「鼻が大きく描かれているのが何かを意味している」などと分析する熊沢先生の解答があまりに的確で、ムンクの《病める子》のエピソードも交えて印象に残りました。普段、絵を描いたり見たりすることにはあまり縁がない自分にも楽しく読めました。
次に読む本
ジヴェルニーの食卓(原田マハ)
印象派のマティス、ピカソ、ドガ、セザンヌをモデルにした小説。百年近く前に生きていていた彼らの生きざまがとてもリアルで、芸術に向かう情熱や苦悩、社会的背景などを肌で感じることが出来る。クロード・モネの生涯を義理の娘であるブランシュの目線で語った表題作「ジヴェルニーの食卓」は、モネがどんな思いで「睡蓮」を描き上げたのかだけでなく、フランスの生活の食事の様子や自然の豊かさまで感じることが出来る極上の作品。
元々漠然とモネの睡蓮が好きだったのですが、この小説と出会ってもっとモネの描く絵が好きになりました。ジヴェルニーの魅力に囚われて、フランスに旅行した際には「モネの家」にも実際行ってきました。広い庭にたくさんの花、日本を意識した庭園などとても魅力的で、この小説に出会っていなかったら訪れていなかった場所なので、本も旅行も縁とは素敵なものです。
また、「タンギー爺さん」では、彼がいたからこそ厳しい生活の中でパリの若手画家が生き延びて、そして有名な画家がたくさん生まれたことがわかります。絵画は画家が亡くなってから評価されることもあるとは聞いたことがありましたが、芸術は才能だけでなくそれを支えてくれる人の存在も大事で、絵画を評価する社会の受け止め方も大きく影響することがこの本を読んで良く分かりました。学びも多く、小説としての美しさも損なわない芸術小説だと思います。
「絵に隠された記憶」で描く人の心に触れ、心理的な分析について楽しんだ後は、「ジヴェルニーの食卓」でもう少し絵についての歴史を学び、有名な芸術家たちについて知識を深めてみるのはいかがでしょうか。私は決して絵について詳しくはないですし、歴史はむしろ苦手なくらいですが、そんな私でもどちらもとても面白く読めた小説です。絵が好きな方にも、これから触れてみたい方にもおすすめの本です。
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