あらすじ
車椅子の名探偵・草津正守と助手の霧島央太郎がさまざまな難事件に挑む。
しかし、少し違うのは【名探偵vs犯人】ではなく、【名探偵vs犯人+a】という構図。
この+a(ヒミコ)が主人公二人にとって因縁浅からぬ存在である上、厄介すぎる高能力者である。
勝ったと思ったロジックが、次のアクシデントのため、瞬時に負けへと変わり、再び新たなロジックを構築し直す。
まさに止まることのない盾と矛の攻防戦。
当初の事件発生時の景色から、突然ガラッとその姿を変えることが多く、読者にも安易に結末の予測を許さない。
謎が解けると事件に興味を失くし、甘い物を食べて機嫌が戻る草津と、その草津に振り回される霧島と犯人を手助けするヒミコが織りなす明るく、変則的な傑作ミステリ。

主人公、草津正守と霧島央太郎が再会するプロローグの景色が非常に暗く、ハードボイルドな空気感に満ちている。
黒がベースの表紙とも相まって、重いミステリか?と読み始めるが、プロローグとは打って変わって明るいミステリ小説の幕が開ける。
車椅子の探偵・草津と肉体派の助手・霧島が難事件に巻き込まれるが、霧島の調査報告を受けている途中で草津は真相にたどり着いてしまう。
反論の余地もない霧島を尻目に、退屈な顔で甘い物を食べ始める草津だが、この作品はここで終わらせない。
解決までは、もう時間の問題という状況から、事件はさらに厄介なものとして再び二人の前に立ちはだかる。
その時、この作品の主題とも言えるひと言を草津が放つ「事件は犯人が分かってからが本番だ」。
車椅子の名探偵が事務所の奥で事件を解決してしまう安楽椅子探偵タイプのミステリか…と思わせながら、この探偵は頻繁に現場へと赴く。
犯人が手強いのではなく、その犯人に協力する第三の存在を感じ、その者の能力の高さを知っている草津と霧島だからこそ、本気の対決へ臨むことになる。
さらに、このミステリ小説を味わい深いものにしているのは、草津の「悪運」だろう。
今起きたこのアクシデントは彼の悪運なのか、霧島と二人で結託した人為的なものなのか、犯人に協力する者の工作なのか…。
現場を取り仕切る警察関係者を半泣きにさせてしまうような、意外な変化の連続で全く退屈させない。
助手の霧島も推理力こそ物足りないが、静かな常識人…と思わせつつ、力勝負になった時の底知れぬ強さと凶暴さで探偵を護る。
全体を通して悲壮感のない、カラッとした作品で読む手が止まらない。
この知と暴の二人が、さらなる難事件と対する続編の登場にも期待したい。
次に読む本
『黒牢城』(米澤穂信)
織田信長が強敵たちに打ち勝ち、天下人への道を力強く突き進んでいる天正六年。
織田家の中でも有能で、信長からの信任も厚かった荒木村重が謎の離反。
その無謀さを説き、織田家への帰参の使者として村重の有岡城へとやってきた黒田官兵衛を村重は土牢へと押し込めてしまう。
当初は士気も高い村重とその家臣団だが、時の経過と共に、その結束にも綻びが出てくる。
そんな中、有岡城内で家臣団の分裂を招きかねない重大事件が続く。
その謎の真相を必死に考える村重だが、答えの出せないまま、土牢にいる知将・黒田官兵衛にその事件の内容を語る。
事件の現場を見ていない官兵衛だが、村重の思慮の浅さをせせら笑いながら、事件の真相の断片だけを語る。
有岡城に立て籠もる荒木村重や家臣たち、そして土牢の黒田官兵衛に待つものは。

日本の戦国史上でも謎と言われる、織田家から突如離反した荒木村重。
そして、村重の立て籠もる有岡城の土牢へと幽閉された黒田官兵衛という二人が織りなす異形のミステリ小説。
事件の現場を調査していないのに、調査に赴いた者の話を聞いただけで真相を解明してしまう名探偵というスタイルだが、この作品では、その探偵のいる場所は暗黒の土牢。
安楽椅子とは全く違う苦痛の場。
その上、ホームズとワトスンのような気心の知れた相棒というわけではないので、村重と官兵衛の会話は常に緊張感や殺気が満ちている。
官兵衛には事件の真相と共に、村重やこの有岡城の辿るであろう末路まで見えているかのようだ。
本作は確かにミステリ要素も強いが、硬質な歴史小説としても完成度が高い。
官兵衛からの言葉を受け、村重が城主としての威厳を持って真相を家臣たちに披露し、一件落着ではあるものの、読み進めれば進めるほど城内には負けの予感。あわよくば無事に敵方に降りたいという空気が溢れてくる。
当初の戦意の高さから、緊張感を失っていく人物たちの描き方が巧みだ。
その空気を感じ取り、対応を模索する村重を愚将とは思わないが、この局面を劇的に変える力や発想までは期待できない。
そして、土牢の名探偵もまた人間的魅力からはほど遠い。
真相を伝える代わりに、この幽閉を解くことを求めたりする気もない。
ただただ薄汚れ、傷んだ姿で村重を嘲笑い、どこか、この状況を楽しんでいる。
ミステリの舞台を戦国時代に移しただけの時代小説にとどまることなく、骨子のしっかりとした物語の中を弱さや狡さを持った血の通った人間たちが動く。
まだまだ、この城の物語を読み続けていたいと思わせる重厚感のある一冊。
おススメポイント

『盾と矛』の草津正守、『黒牢城』の黒田官兵衛。
共にあまり動かない名探偵的な存在ではあるが、その事件解決へのモチヴェーションがまるで違うのがおもしろい。
事件の調査報告を伝えてくる相手を小バカにするのは同じだが、謎解きだけが好きな草津に比べても土牢の中の官兵衛にはドス黒い怒りはあるが、誰かを想う優しさは微塵も感じない。
しかし、読者として謎の答えが出ないまま読み進めていくと、人間的な魅力はさて置いて、事件の真相を見抜いている草津や官兵衛という賢者の言葉をワクワクと期待してしまう。
殺人事件が起きても草津や霧島たちは、どこかゆったりと構えて、温かみのあるミステリ小説として続くが、『黒牢城』の荒木村重や黒田官兵衛には、事件解決の可否だけにとどまらず、常に自分たちの命の危うさを感じながらの物語が終わらない。
そのため、息も詰まるような名探偵ミステリを希望される方には、ぜひおススメしたい一冊だ。
どちらの作品も犯人が判明したとしても、その犯人周辺の動きにさらなる主題があることが多いので、一つひとつの事件解決以外の楽しみも期待しつつ読んでいただきたい。
両作品共に分厚くヴォリュームがあるが、それぞれ事件ごとに章が分けられているため、少しずつ楽しみながら読み進めても問題のない良作だ。
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